老後に向けて資格を考えるとき、遺言執行者と家族信託アドバイザー的な資格は、どちらも国家資格を持たなくても関わり始められる分野です。遺言執行者は未成年者と破産者を除けば誰でも就任でき、家族信託の相談役にあたる家族信託コーディネーターも研修を修了すれば認定を受けられます。この記事では、両者の資格要件や仕事内容、報酬の相場、そして老後のセカンドキャリアとしての活かし方を整理します。

遺言執行者に必要な資格はなく、未成年者と破産者以外なら誰でも就任できる
遺言執行者とは、遺言の内容を実現するために必要な手続きを行う人のことです。遺言者が亡くなったあと、遺言書の記載に従って相続財産の名義変更や預貯金の解約、不動産の登記手続きなど、相続手続き全般を進める役割を担います。
この役割に就くために、弁護士や司法書士のような国家資格は要りません。法律が就任を制限しているのは未成年者と破産者だけで、それ以外の成人であれば家族や友人でも遺言執行者に指定されたり、選任されたりできます。遺言書の中であらかじめ指定されているケースと、遺言者の死後に家庭裁判所が選任するケースがあり、指定がない場合や指定された人が就任を拒否・死亡していた場合には、相続人などの利害関係人の請求で家庭裁判所が選任の手続きを進めます。
もっとも、実務上は弁護士・司法書士・税理士といった専門家が指定されるケースが目立ちます。不動産登記や預貯金の解約、相続税の申告には専門知識が要るため、相続財産が多岐にわたる場合や相続人同士の関係が複雑な場合は、専門家に任せたほうがトラブルを避けやすいというのが実情です。
遺言執行士は試験料7,000円のオンライン試験で取得する民間資格
法律上の資格が要らない一方で、遺言執行者の業務を専門に手がける人材を養成する目的で、民間資格「遺言執行士」が設けられています。特定の国家資格を前提としない資格で、試験料は7,000円、オンラインで受験できます。
つまり、誰でも遺言執行者になれる制度のうえに、専門知識を対外的に示したい人向けの上乗せ資格として遺言執行士が用意されている形です。老後のセカンドキャリアとして遺言・相続関連の仕事に関わりたい人にとっては検討材料になりますが、この資格を取得しても、登記申請の代理や契約書作成といった弁護士・司法書士の独占業務まで行えるようにはなりません。民間資格はあくまで知識水準の証明にとどまります。
遺言執行者の仕事は財産調査から不動産の名義変更まで多岐にわたる
遺言執行者が実際に担う業務は、遺言書の内容確認と相続人・受遺者への通知から始まります。続いて相続財産を調査して財産目録を作成し、預貯金口座の解約や払い戻し、不動産の名義変更(相続登記)、有価証券や自動車の名義変更へと進みます。遺贈がある場合は受遺者への引き渡しも担い、相続人廃除のような特別な事項が遺言に記載されていれば、その実行も業務に含まれます。
| 業務の段階 | 主な内容 |
|---|---|
| 初動 | 遺言書内容の確認、相続人・受遺者への通知 |
| 財産の把握 | 相続財産の調査、財産目録の作成 |
| 資産の移転 | 預貯金の解約・払い戻し、不動産の名義変更、有価証券や自動車の名義変更 |
| 個別対応 | 遺贈の引き渡し、相続人廃除など特別事項の実行 |
相続人が複数いて意見が割れている場合や、相続財産の種類が多い場合ほど、遺言執行者が中立の立場で手続きを一つずつ進めることの意味は大きくなります。相続人自身がすべてを進めるより、手続き全体がまとまりやすくなります。
遺言執行者の報酬は相続財産の1〜2%が目安
遺言執行者の報酬は、遺言書の中に金額や算定方法の記載があればそれに従います。記載がない場合は相続人全員と遺言執行者の間で協議して決め、折り合いがつかなければ家庭裁判所に報酬の決定を申し立てることもできます。
相場としては相続財産の1〜2%程度が妥当とされています。弁護士が遺言執行者になる場合の一例では、財産が300万円以下なら30万円程度、300万円を超える場合は24万円〜204万円程度に加えて超過額の0.5〜2%程度が上乗せされる報酬体系が見られます。士業によって基準は異なり、弁護士・司法書士・行政書士・信託銀行がそれぞれ独自の報酬体系を持っています。
| 士業・機関 | 報酬体系の傾向 |
|---|---|
| 弁護士 | 財産300万円以下は定額30万円程度、超過分は段階的に加算 |
| 司法書士・行政書士 | 財産額に応じた独自の報酬基準を設定 |
| 信託銀行 | 金融機関ごとの報酬規定に基づいて算定 |
報酬は相続財産から支払われるのが一般的です。家族や親族が遺言執行者になる場合は、無報酬にしたり、実費程度の負担にとどめたりするケースも見られます。
相続人の廃除や遺言執行者不在のケースは家庭裁判所への選任申立てが必要
遺言執行者は必ず選任しなければならないわけではありませんが、選任が実務上欠かせない場面もあります。遺言によって相続人を廃除する場合、つまり著しい非行があった相続人の相続権を奪う手続きを取る場合は、家庭裁判所での手続きが前提になるため、遺言執行者の選任が必須です。
遺言書で遺言執行者が指定されていなかった場合や、指定された人が遺言者より先に死亡していた場合、就任を拒絶した場合も、相続人などの利害関係人が家庭裁判所に選任を申し立てられます。申立ては遺言者が亡くなり、遺言の効力が発生した後に行います。自筆証書遺言の場合は、申立てに先立って家庭裁判所の「検認」という手続きを受ける必要があります。
相続人には最低限の取り分として遺留分が保障されており、遺言の内容が特定の相続人の遺留分を侵害していれば、侵害された相続人は金銭の支払いを請求できます。遺留分の存在自体が選任を法律上必須にするわけではありませんが、遺留分を巡るトラブルが想定される遺言なら、中立的な専門家を遺言執行者に指定しておくとトラブルの広がりを抑えやすくなります。
家族信託は判断能力があるうちに結んでおく認知症対策の契約
家族信託とは、信託法にもとづく財産管理の仕組みで、財産を持つ本人(委託者)が信頼できる家族(受託者)に財産の管理・処分を任せる制度です。元気なうちに、将来の財産管理を家族に託しておく契約だと言えます。
委託者・受託者・受益者の三者で構成され、委託者が元気なうちに契約を結んでおけば、その後認知症などで判断能力が低下しても、受託者が契約の範囲内で財産管理を続けられます。高齢の親などが認知症になって判断能力を失うと、預貯金の引き出しや不動産の売却が本人の意思確認ができないことを理由に事実上凍結される、いわゆる資産凍結のリスクがあります。銀行口座が凍結されれば、介護費用や医療費の支払いのために本人の預金を引き出すことすら難しくなりかねません。
家族信託を結んでおけば、判断能力が低下した後も受託者となった家族が信託契約の範囲で不動産の管理・処分や預貯金の管理を柔軟に行えます。親のお金を親本人のために柔軟に使える状態を保てる点が、成年後見制度とは異なる家族信託ならではの利点として語られます。ただし契約は本人の判断能力があるうちに結んでおく必要があり、判断能力が低下した後では新たな契約は結べません。老後対策としては、早めの検討と早めの契約が要になります。
家族信託の費用はコンサル報酬1%程度と契約書作成11万円台が目安
家族信託は自分たちで契約書を作ることも制度上は可能ですが、法律・税務上のリスクを避けるために司法書士や弁護士に依頼するケースが一般的です。その場合、複数の費用項目がかかります。
| 費用項目 | 目安 |
|---|---|
| コンサルティング報酬 | 信託財産評価額の1.1%程度(最低33万円程度)、1億円以下なら1%程度 |
| 信託契約書の作成報酬 | 1契約書あたり11万円〜16.5万円程度 |
| 公証人手数料 | 信託財産の額に応じて5,000円〜95,000円程度 |
| 公正証書化の代行報酬 | 5万円〜15万円程度 |
| 信託登記の登録免許税 | 固定資産税評価額の0.3%〜0.4%程度 |
| 登記の代行手数料 | 1件あたり5万円〜10万円程度 |
| 信託口口座の開設費用 | 5万円〜10万円程度 |
不動産が信託財産に含まれる場合は登記も必要になり、たとえば評価額2,000万円の土地なら登録免許税は6万円程度、建物なら8万円程度になる計算例が示されています。制度の理解だけでなく、契約・登記・口座開設まで進める際にはまとまった費用がかかる点を、老後対策として押さえておく必要があります。
家族信託と成年後見制度の違いは契約の自由度と身上監護権の有無
老後の財産管理を考えるとき、家族信託とあわせて比較されるのが成年後見制度です。家族信託は契約内容を自由に設計できる点が強みで、資産運用や相続税対策など、成年後見制度では対応しにくい内容も盛り込めます。受託者を誰にするか、どこまでの権限を持たせるかも自由に決められるため、委託者の意思を細かく反映しやすく、孫世代への財産承継や不動産の円滑な承継にも活用できます。
一方で、受託者には身上監護権、つまり介護施設との契約や医療同意など本人の身の回りに関する法律行為を行う権限が認められていません。受益者本人が認知症などで判断能力を失った場合、身上監護の面では成年後見制度や任意後見制度との併用が必要になることもあります。
成年後見制度には、後見人へ毎月数万円程度の報酬が発生し続け、長期化するとコストがかさむという弱みがあります。いったん開始すると、被後見人が死亡するか判断能力が回復するまでやめられません。両制度の最も大きな違いは、家族信託が委託者本人の判断能力があるうちに契約を結ぶ必要がある点です。判断能力がすでに失われていれば、家族信託は選べず、成年後見制度を使うほかありません。
家族信託関連の資格は家族信託コーディネーターと士業限定の家族信託専門士に分かれる
家族信託への関心の高まりを受けて、複数の民間団体が関連資格・研修制度を設けています。
| 資格名 | 主催・条件 |
|---|---|
| 家族信託コーディネーター | 一般社団法人家族信託普及協会が認定。2日間程度の研修修了で取得可能 |
| 家族信託専門士 | 同協会が認定。行政書士・司法書士・弁護士など士業資格保有者のみ取得可能 |
| 信託活用アドバイザー | 同協会が試験実施。協会加入が受験条件で、受験料は110,000円 |
| 民事信託コーディネーター | NPO法人民事信託普及協会としらかみ終活相談所が協働で認定 |
| 民事信託アドバイザー | 一般社団法人民事信託相談センターが登録制度を運用 |
家族信託コーディネーターは、相談者と専門家の間に立ち、家族信託の説明やヒアリング、要望の整理、専門家への取り次ぎ、提案書の作成といった橋渡し役です。研修前にはオンライン動画で基礎知識を学ぶ必要があります。一方の家族信託専門士は、具体的な信託組成や契約書作成など実務を担う専門職の位置づけで、取得できるのは士業資格保有者に限られます。
これらはいずれも国家資格ではなく民間資格なので、取得しても法律相談や契約書作成、不動産登記といった士業の独占業務は行えません。家族信託コーディネーターのような橋渡し役の資格は、相談者と専門家をつなぐ知識・スキルの証明にとどまり、実際の契約書作成や信託登記は司法書士や弁護士に委ねる必要があります。士業資格を持たない人が老後のセカンドキャリアとして家族信託に関わりたいなら、まず家族信託コーディネーターから始め、相談業務や普及啓発に関わっていく道が現実的です。すでに行政書士や司法書士、弁護士の資格を持つ人であれば、家族信託専門士を取得して専門性を対外的に示す選び方が向いています。
認知症高齢者は700万人規模 家族信託の相談件数は10年で3.3倍に増加
この分野への関心が高まっている背景には、日本社会全体の高齢化があります。日本の高齢化率は2024年時点で29.3%に達し、2040年には37.7%まで上がると見込まれています。認知症患者数は2025年に約700万人に達したとされ、65歳以上のおよそ5人に1人が認知症になる計算です。認知症高齢者が保有する資産は200兆円規模とされ、判断能力の低下によってこれらの資産が実質的に動かせなくなる資産凍結のリスクが社会的な課題になっています。
こうした背景から、家族信託に関する相談件数はこの10年間で3.3倍に増え、2025年は前年比で約50%増加したという調査結果も報告されています。家族信託等の利用動向を示す土地信託登記件数も年によって大きく伸びており、実際の利用が着実に広がっている様子がうかがえます。
年間の相続資産額も、直近で約46兆円規模から2030年には48.8兆円、2035年には50.4兆円、2040年には51.0兆円まで拡大する見込みです。2021年以降は現金・預貯金などの金融資産が土地を上回り相続財産の中で最大の構成要素になっており、相続の中身は土地中心から金融資産主体へと姿を変えつつあります。遺言執行者や家族信託に関する知識・資格へのニーズは、高齢化の進展とともに今後も一定の水準で続くと見られます。
遺言書は自筆証書と公正証書の2種類が老後の実務で中心
家族信託や遺言執行者を検討する前提として、遺言書そのものの種類も押さえておきたいところです。一般的な遺言には自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類があります。
自筆証書遺言は、遺言者本人が全文・日付・氏名を自筆で書いて押印する遺言です。2020年7月10日からは法務局に自筆証書遺言を預けられる保管制度も始まっており、紛失や改ざんのリスクを減らす選択肢が増えました。公正証書遺言は公証人役場で証人立ち会いのもと作成し、原本が公証役場に保管されるため、紛失や偽造のリスクが低く安全性が高いとされます。このほか、内容を秘密にしたまま存在のみを証明してもらう秘密証書遺言もあります。
費用を抑えたいなら自筆証書遺言や秘密証書遺言、安全性を重視するなら公正証書遺言、書き直しのしやすさを重視するなら自筆証書遺言、手間を減らしたいなら公正証書遺言が向いています。遺言書を残すことで家族に意思を伝え、相続を巡るトラブルを避けやすくなります。作成の前提として、不動産・預貯金口座・生命保険・貸金庫の中身など自分の財産と相続人の人数を正確に把握しておくことが、終活の第一歩です。遺言書の準備段階から遺言執行者を誰に依頼するかもあわせて検討しておくと、老後の備えとして一貫性が出ます。
老後にこれらの資格をどう使うかは士業資格の有無で分かれる
老後のセカンドキャリアとして遺言・家族信託関連の知識や資格をどう活かすかは、大きく3つの方向に整理できます。
まず、自分自身や家族の老後対策としての活用です。遺言執行者や家族信託の制度を正しく理解しておくことは、親の介護・相続対策や自分自身の将来の資産管理・遺言作成に直接役立ちます。家族信託は元気なうちに契約しておく必要がある制度なので、老後を見据えた早い段階での知識習得には意味があります。
次に、地域や身近な人への相談対応・橋渡し役としての活用です。家族信託コーディネーターは士業資格がなくても取得でき、地域の高齢者やその家族からの相談を受けて、必要に応じて弁護士・司法書士などの専門家につなぐ役割を担えます。定年後にそれまでの社会人経験を活かしながら、地域貢献や社会参加の一環として関わっていく道も考えられます。
最後に、士業資格を保有している場合の専門性強化としての活用です。すでに行政書士・司法書士・弁護士の資格を持つ人であれば、家族信託専門士のような上位資格を取得することで、相続・信託分野の専門性を対外的にアピールし、業務の幅を広げられます。高齢化が進むなかで相続・信託関連の相談ニーズは今後も一定の水準で続くと見られ、既存の士業にとってもこの分野の専門性強化は差別化の材料になります。
資格選びで確認すべきは取得条件と担える業務範囲
老後の資格取得全般に言えることですが、遺言執行者や家族信託関連の民間資格を検討する際は、取得条件と担える業務範囲を最初に確認しておく必要があります。
民間資格は主催団体によって取得条件・費用・担える役割が大きく違います。研修受講だけで取得できるものもあれば、士業資格保有が前提のものもあります。受験料や研修費用も数千円から十万円を超えるものまで幅があるため、自分自身の知識向上が目的なのか、相談業務への従事が目的なのか、専門家としての独立が目的なのかを先に決めてから、目的に合った資格を選ぶことが必要です。
民間資格はあくまで知識・スキルの証明であり、法律上の独占業務を行える資格ではありません。契約書作成の代理、不動産登記の代理、法律相談といった法律行為は、弁護士・司法書士・行政書士といった国家資格保有者でなければ行えません。民間資格の取得だけでこれらの業務を独立して行えるようになるわけではない点は、誤解しないようにしたいところです。家族信託は制度自体が比較的新しく、実務の蓄積や判例、税務上の取り扱いが今後も整備されていく途上にある分野です。資格取得後も、法改正や実務の動向を継続的に追う姿勢が求められます。
老後の備えは資格取得より先に制度理解から始めるのが現実的
遺言執行者になること自体には特別な資格は不要で、未成年者と破産者以外なら誰でもなれます。専門性を示す手段としては民間資格の遺言執行士があり、仕事内容は財産調査から名義変更、預貯金の解約まで多岐にわたり、報酬は相続財産の1〜2%程度が目安です。
家族信託は、認知症などによる資産凍結を防ぐための老後対策・財産管理の仕組みで、委託者が元気なうちに契約しておく必要があります。関連する民間資格には、士業資格がなくても取得できる家族信託コーディネーターから、士業資格保有者のみが取得できる家族信託専門士まで複数の種類があり、担える役割や取得条件はそれぞれ異なります。
老後のセカンドキャリアとしてこの分野に関わりたいなら、まず自分自身が士業資格を持っているかどうかと、知識習得・相談業務・専門家としての独立のどれを目指すのかを整理してから、目的に合った資格や学び方を選ぶのが現実的です。資格取得の有無にかかわらず、これらの知識は自分自身や家族の老後を守る備えとして直接役立つものです。早めに制度の全体像を理解しておく価値は大きいと言えます。








