60代から保育士資格を取得することは、実務経験がなくても十分に可能です。保育士試験には年齢制限がなく、1991年3月31日以前に高校を卒業した方であれば、実務経験なしで受験資格が得られます。取得方法としては、保育士試験に合格するルートが最も現実的であり、独学や通信講座を活用すれば総額5万円から10万円程度、1年半から2年の学習期間で資格取得を目指せます。
人生100年時代と呼ばれる現代において、60代からの新たなキャリア形成は決して珍しいことではなくなりました。特に保育業界では深刻な人手不足が続いており、豊富な人生経験を持つシニア世代への期待が年々高まっています。「もう60代だから」「保育の経験がないから」と諦める必要はありません。むしろ、子育てや社会経験で培った対人スキルや包容力は、保育現場で大きな強みとなります。この記事では、60代で実務経験がない方が保育士資格を取得するための具体的な方法、試験対策のコツ、資格取得後の働き方まで、実践的な情報をお伝えします。

60代でも保育士資格は取得できるのか
結論から申し上げると、60代であっても保育士資格の取得は制度上まったく問題ありません。保育士試験には受験年齢の上限が設けられておらず、何歳であっても受験することができます。実際に、50代や60代で保育士試験に合格し、保育の現場で活躍されている方は数多くいらっしゃいます。
保育士資格は、児童福祉法第18条の6に基づいて付与される国家資格です。取得するための経路は大きく分けて2つあります。1つ目は厚生労働大臣が指定する保育士養成施設、具体的には大学や短期大学、専門学校を卒業するルートです。2つ目は各都道府県知事が実施する保育士試験に合格するルートです。60代の方、特にセカンドキャリアとして保育士を目指す方には、後者の保育士試験ルートが圧倒的におすすめです。
養成施設ルートの場合、最低でも2年間の通学が必要となり、昼間に行われる現場実習も必須となります。学費は数百万円単位で発生し、通学のための時間的拘束も大きくなります。一方、保育士試験ルートであれば、受験料は約1万2,700円であり、独学や通信講座を活用すれば総額5万円から10万円程度で資格取得を目指すことができます。学習ペースを自分で管理できるため、現在の生活スタイルを維持しながら無理なく挑戦できる点が、60代の方にとって大きなメリットとなります。
実務経験なしでも受験できる条件とは
60代で実務経験がない方が保育士試験を受験する際に、最初に確認すべきなのが受験資格です。現行の制度では基本的に短期大学卒業程度以上の学歴が求められますが、ここには60代の方にとって非常に有利な特例措置が存在します。
1991年3月31日以前に高等学校を卒業した方は、学科や学部に関係なく、また実務経験がなくても保育士試験の受験資格が与えられます。現在60代の方、つまり1950年代から1960年代に生まれた方の多くは、この特例措置の対象となります。普通科や商業科など、保育とはまったく関係のない学科の卒業であっても問題ありません。
1991年4月1日以降に高校を卒業した方の場合は、児童福祉施設での2年以上かつ2,880時間以上の実務経験が受験要件となります。しかし60代の方であれば、ほとんどの場合この経過措置の恩恵を受けることができます。つまり、60代という年齢層は、実務経験ゼロの状態から国家試験に挑戦できる特権的な立場にあると言えるのです。
大学、短期大学、または高等専門学校を卒業している方であれば、卒業年次や学部学科に関係なく受験資格を有しています。つまり、60代のほぼすべての方に保育士試験への門戸が開かれているということです。受験資格について不安がある場合は、一般社団法人全国保育士養成協議会の保育士試験事務センターに問い合わせることで、個別の状況に応じた確認ができます。
保育士試験の概要と合格までの流れ
保育士試験は毎年2回、前期と後期に実施されます。2025年度の試験日程は、前期筆記試験が4月19日と20日、前期実技試験が6月29日に予定されています。後期筆記試験は10月18日と19日、後期実技試験は12月14日の予定です。試験会場は各都道府県に設置され、居住地に関係なく希望する会場で受験することが可能です。
試験は筆記試験と実技試験の2段階で構成されています。まず筆記試験の全科目に合格した後、実技試験を受験する流れとなります。筆記試験は9科目あり、各科目100点満点中60点以上で合格となる絶対評価方式です。9科目すべてに合格して初めて、実技試験に進むことができます。
保育士試験の特徴として特筆すべきなのが科目別合格制度です。一度合格した科目は3年間有効となるため、一度の試験ですべての科目に合格する必要はありません。この制度は、記憶力の低下を心配される60代の方にとって非常に心強い仕組みです。1回の試験で3科目から4科目に集中して取り組み、1年半から2年かけて全科目の合格を目指すという戦略が、無理なく確実に合格を積み重ねる方法として有効です。
筆記試験9科目の内容と60代に効果的な学習法
筆記試験は9科目で構成されており、それぞれの科目には特徴があります。60代の方の強みを活かした学習法を科目ごとにご紹介します。
保育の心理学
この科目では、ピアジェやエリクソン、ボウルビィといった発達心理学の理論家とその学説を学びます。60代の方にとっては、ご自身の子育て経験や孫の成長過程で観察してきた現象、たとえば人見知りや反抗期、愛着行動などに理論的な名前を付ける作業となります。「なるほど、あの行動にはこういう理由があったのか」という発見があり、比較的学習しやすい科目です。
保育原理と教育原理
保育の歴史や教育思想家について学ぶ科目です。教育原理は社会的養護とセットで同一試験回に合格しなければならない「ニコイチ科目」と呼ばれ、難関とされています。ルソーやペスタロッチ、フレーベルといった教育思想家については、単なる暗記ではなく、その人物が生きた時代背景とともに「物語」として理解することで、記憶に定着しやすくなります。長年の読書経験や歴史への関心を持つ60代の方には、むしろ楽しみながら学べる内容かもしれません。
社会福祉と子ども家庭福祉
日本国憲法第25条の生存権に基づく社会保障制度全般を学ぶ科目です。60代の方は、年金制度や介護保険制度の当事者として、あるいは親御さんの介護を通じて、これらの制度に関する実体験をお持ちの方が多いでしょう。新聞やニュースで見聞きしてきた知識を、法律用語と結びつけていく作業が中心となり、若い受験者よりも有利に学習を進められる分野です。
社会的養護
児童虐待防止法や里親制度、児童養護施設など、社会的に保護を必要とする子どもへの支援について学びます。現代特有の家族の課題、たとえばひとり親家庭の増加や子どもの貧困問題について、最新の統計データとともに理解する必要があります。ご自身の幼少期や子育て期の「常識」とは異なる部分もあるため、柔軟な姿勢で新しい知識を受け入れることが大切です。
子どもの保健
小児疾患や感染症、予防接種、応急処置について学びます。お孫さんを持つ世代にとっては実用性が高く、興味を持って学べる内容です。ただし、予防接種のスケジュールなどは時代とともに変化しているため、最新の情報に更新する必要があります。
子どもの食と栄養
栄養素の機能や離乳食の進め方、食物アレルギーへの対応、食育基本法などを学びます。子育て経験が活きる分野ですが、離乳食の開始時期やアレルギー対応については、昭和から平成初期の育児常識が現在では否定されているケースもあります。たとえば、かつては離乳食前に果汁を与えることが推奨されていましたが、現在のガイドラインでは推奨されていません。ご自身の経験を土台としつつも、現行のガイドラインに準拠した学習が必要です。
保育実習理論
保育の現場で使用する音楽や造形、言語表現の基礎知識を学びます。ピアノのコード進行や、子どもの発達に適した製作活動について出題されます。音楽理論に苦手意識を持つ方も多い科目ですが、基本的な法則を理解すれば得点しやすくなります。
60代の強みを活かす記憶術と学習のコツ
認知心理学の研究によれば、加齢とともに新しい情報を単純に暗記する能力、いわゆる流動性知能は低下する傾向にあります。しかし、経験や既存の知識と結びつけて物事を理解する結晶性知能は、60代でも維持または向上し続けることがわかっています。つまり、単語カードを使った機械的な暗記は効率が悪く、60代の方には別のアプローチが必要なのです。
エピソード記憶への変換が効果的な学習法です。たとえば社会福祉の歴史を学ぶ際、「1947年に児童福祉法が制定された」という事実を覚えるのではなく、「終戦直後、戦災孤児の保護が急務だった時代に、この法律が作られた」という文脈で理解します。さらに「自分が生まれた頃の社会状況」「自分が就職した頃に改正された法律」というように、ご自身の人生という強固な記憶の軸に知識を関連づけていくことで、記憶の定着率が大幅に向上します。
音声教材の活用も60代の学習者に適した方法です。YouTubeには保育士試験対策の無料講義が数多く公開されており、これを家事や散歩中に聞き流すことで、視力の低下や老眼に悩む方でも無理なく学習時間を確保できます。テキストを目で追うだけでなく、耳からも情報を入れるマルチモーダル学習は、記憶の定着にも効果的です。
通信講座の活用も検討に値します。費用は4万円から6万円程度かかりますが、体系的なカリキュラムが組まれており、法改正情報が自動的に届くというメリットがあります。また、添削指導や質問サポートがあるため、一人で学習していて生じた疑問を解消できます。孤独な学習はモチベーション低下につながりやすいため、サポート体制のある通信講座は60代の方に向いているといえます。
実技試験の選択と対策法
筆記試験の9科目すべてに合格すると、実技試験に進むことができます。実技試験の合格率は80%から90%と高めですが、準備不足では不合格となりますので、しっかりとした対策が必要です。
実技試験は3分野から2分野を選択して受験します。音楽表現は課題曲をピアノ、ギター、またはアコーディオンで弾き語りする試験です。造形表現は当日発表されるテーマに基づいて、45分以内に色鉛筆で保育の情景を描く試験です。言語表現は3歳児クラスの子どもに向けて3分間のお話を聞かせる想定で、身振り手振りを交えて実演する試験です。
60代で楽器経験がない方には、造形表現と言語表現の組み合わせをおすすめします。ピアノは楽譜を読みながら両手を別々に動かし、さらに大きな声で歌うというマルチタスクが求められ、習得には相当な時間がかかります。指の関節が硬くなっている場合は身体的な負担も大きくなります。
言語表現は、お孫さんへの読み聞かせ経験が直接活きる分野です。試験では絵本を持たずに、試験官の前に置かれた椅子を子どもに見立てて、アイコンタクトを取りながらお話をします。60代の方が持つ落ち着いた話し方や包容力のある声のトーンは高評価につながりやすい要素です。3分間で話をまとめる構成力と、恥ずかしがらずに役になりきる姿勢を練習で身につけましょう。
造形表現は「絵心がない」と敬遠されがちですが、実は対策が立てやすい科目です。求められるのは芸術的な作品ではなく、保育の状況が正しく伝わる絵です。人物のプロポーションや、保育室・園庭といった背景の描き方をパターン化して練習しておけば、当日はそのパターンに課題の要素を当てはめるだけで合格ラインに達することができます。45分という制限時間内に着色まで完了させる必要があるため、時間を計った実践練習が欠かせません。
合格までの学習スケジュールの立て方
60代の方には、1年半から2年をかけて計画的に学習を進めることをおすすめします。科目別合格制度を最大限に活用し、1回の試験で3科目から4科目に集中する戦略が効果的です。
たとえば、前期試験で「保育の心理学」「保育原理」「子どもの保健」の3科目を受験し、後期試験で「社会福祉」「子ども家庭福祉」「社会的養護」を受験するというように、関連性の高い科目をグループ化して取り組むと効率的です。残りの「子どもの食と栄養」「保育実習理論」「教育原理」は翌年に回すことで、各科目に十分な学習時間を確保できます。
1日の学習時間は、無理のない範囲で1時間から2時間程度を目安にするとよいでしょう。朝の時間を活用する方、夜に集中して取り組む方など、ご自身の生活リズムに合わせた学習習慣を確立することが継続のコツです。週末にまとめて勉強するよりも、毎日少しずつ継続する方が記憶の定着には効果的です。
完璧主義を捨てることも大切なポイントです。すべてを完璧に理解してから次に進もうとすると、学習が停滞してしまいます。まずは全体像を把握し、繰り返し学習する中で理解を深めていくアプローチの方が、結果的に効率的な学習となります。
資格取得後の働き方と活躍の場
「60代で実務経験がなくても本当に採用されるのか」という不安をお持ちの方も多いでしょう。正規雇用のフルタイム職員としての採用は、体力面や長期的なキャリア形成の観点からハードルが高いのが現実です。しかし、パートやアルバイトなどの非正規雇用の市場では、60代の保育士への需要は確実に存在します。
保育現場では、早朝の7時から9時や、夕方から夜間の17時から20時といった時間帯のシフトに入る職員が慢性的に不足しています。子育て中の現役世代の保育士は、自分の家庭の事情でこの時間帯に働くことが難しいからです。子育てが一段落し、時間の融通が利きやすい60代の方は、この時間帯の勤務にぴったりとマッチします。この時間帯は合同保育の形態が多く、家庭的な雰囲気での見守りや保護者への引き渡しが主な業務となるため、体力的な負担も日中に比べてコントロールしやすくなっています。
保育所以外にも、保育士資格を活かせる職場は多様にあります。学童保育(放課後児童クラブ)は小学生が対象となるため、抱っこやおんぶといった身体的な負担がほとんどありません。宿題を見たり、あやとりや将棋といった昔遊びを教えたりする関わりが中心となり、シニアの知識と経験が重宝されます。
ファミリー・サポート・センター事業は、自治体の仲介で子どもの送迎や一時預かりを行う仕事です。マンツーマンでの対応となるため、集団保育の慌ただしさが苦手な方に適しています。ベビーシッターも選択肢の一つで、民間のマッチングサービスを通じて個別の家庭で保育を行います。絵本の読み聞かせが得意、料理が得意といった自分の強みをアピールして指名を得ることも可能です。
実務経験なしの不安を解消する方法
実務経験がないことへの不安は、資格取得後に自治体や保育人材センターが主催する研修に参加することで解消できます。「潜在保育士復職支援研修」や「未経験者向け実技講習」は無料で開催されることが多く、おむつ交換の実技や調乳の方法、正しい抱っこの仕方、緊急時の救命救急法などを、実物や人形を使って練習できます。
就職面接では、謙虚さと学ぶ意欲を示すことが大切です。「実務経験はありませんが、研修で基本的な手技は学んでいます」「子育て経験を活かしつつ、園の方針に従って一から学ぶ覚悟があります」と伝えることで、採用担当者の懸念を払拭できます。「ベテランだから自分のやり方を押し通すのではないか」という心配を持たれないよう、素直な姿勢を見せることが、実務経験の欠如を補う最大の武器となります。
核家族化が進み、祖父母世代との接触が少ない子どもたちにとって、シニア保育士は「擬似的な祖父母」としての存在意義があります。若い保育士にはない落ち着きや、保護者への共感力、そして「子どもが好き」という純粋な動機を持つ60代の保育士は、保育現場に安らぎをもたらす貴重な人材として期待されています。
60代からの保育士資格取得は新たな人生の扉を開く
60代で実務経験がない状態から保育士資格を取得することは、単なる就労手段の獲得を超えた意義を持っています。新しいことを学ぶ知的挑戦は脳を活性化させ、次世代の育成に関わることで社会との繋がりを実感できます。医学的にも、学習を続け他者と交流することは、認知症予防や健康寿命の延伸に寄与するとされています。
保育士試験に挑戦するにあたって、3つのことを心がけてください。1つ目は、完璧主義を捨てて科目別合格制度を活用し、数年計画でじっくり取り組むことです。2つ目は、YouTubeやアプリなどのデジタルツールを食わず嫌いせずに活用することです。これらは学習効率を高めるだけでなく、保育現場でのICT化に対応する練習にもなります。3つ目は、「実務経験なし」をネガティブに捉えないことです。古い慣習に染まっていないからこそ、最新の保育理論を素直に吸収し、コンプライアンスを遵守できる誠実な保育士になれる可能性を秘めています。
年齢を重ねることは、可能性の縮小ではなく、新たな役割の獲得です。60代からの保育士資格取得という挑戦が、人生100年時代における新たな扉を開くきっかけとなることを願っています。









コメント